はじめに
こんにちは、みの丸です。
この記事では、私が長男を帝王切開で出産した後の入院生活について、できるだけ詳しく書いていきます。
自然分娩の場合の入院生活を知りませんが、おそらく異なるのは入院日数と、出産2日目までの過ごし方かな、と思います。
帝王切開の場合、入院日数は約1週間で自然分娩より長いです。出産当日は寝たきり、母子同室は早くても翌日から。私の病院では2日後からでした。
今妊娠中で、帝王切開になる可能性があり、術後の過ごし方について知りたい、という方の参考になればと思います。
帝王切開後の入院生活
まず、私が出産した病院の環境を箇条書きします。
私が1番嬉しかったのは、付き添いの宿泊OKなことです。出産したのが年末年始休みの初日だったため、退院まで毎日夫が宿泊して、一緒に赤ちゃんのお世話をしてくれました。
夫も、この付き添い生活で赤ちゃんのお世話を一通りこなせるようになったので、退院後の生活も心強かったです。
では、ここから私の入院生活をご紹介します。2年前のことになるので、何日目に何をしたか、細かいところはうろ覚えで実際とは多少異なるかもしれませんが、大体こんな流れでした。
出産0日目(出産当日)
夕方18時頃手術スタートし、45分ほどで手術終了。赤ちゃんの顔を見せてもらい一安心、元気な男の子でした。抱っこや授乳はできず。
その後はベッドとソファのみが置いてある処置室へ移動し、ここで一晩中苦しみを味わうこととなりました。
苦しみその1. 傷の痛みと寝返り
・硬膜外麻酔(術後、背中から入れる麻酔)の甲斐なく激痛。眠れない。
・血栓予防と癒着予防のために、こまめに寝返りをうたなければならない。1~2時間おきに、激痛に呻きながら寝返り。仰向けから横向きになるだけで5分以上かかる。
苦しみその2. 悪露出しのための腹部圧迫
・看護師さんが2~3時間おきに部屋に来て、傷のやや上辺りを掌でぐーっと圧迫される。
→悪露が出ていないと、後から大量出血する恐れがあるため、腹部を圧迫して膣から悪露を出すのだそうです。これが1番痛かった。
・朝方まで繰り返されるため、ほぼ眠れない。
苦しみその3. 絶飲絶食
・手術準備のため昼過ぎから入院し、絶飲絶食スタート。
・術後水も飲むことができず、喉がカラカラ。
・深夜2時頃、看護師さんに氷が5個ほど入ったお椀を手渡され、約12時間ぶりに水分を摂る(点滴はされているので、脱水にはなりません)。水は飲めず、氷を舐めるだけ。
こんな感じで、手術初日はほぼ痛かったことしか記憶にありません。
絶飲絶食については、不思議なほど空腹はなく、ただ喉の渇きが辛かったです。深夜2時に舐めた氷は、この世のものとは思えないほど美味しかった…。
出産に関しては、手術中は手足を縛られていたため、息子の顔をチラッと見ただけで触れることはできず、それが寂しかったです。
ただ、息子が産まれてすぐ、看護師さんが私の顔のそばに息子を連れてきてツーショットを撮ってくれて、嬉しかったです。思い出の1枚になりました。
そんなこんなで、産みの苦しみと喜びを味わった1日でした。
出産1日目
この日は、朝から早速歩かされました。まだまだ痛みも強かったので、スパルタやな!と思いましたが、術後尿道に通していた管を取ってくれたので、少し楽になったように感じました。
歩行開始
ほぼ一睡も出来ないまま朝を迎え、入院中毎朝行う検温と血圧測定が済むと、尿道の管が取り外され、早速病室に移動することになりました。
点滴の棒にしがみついて呻きながら歩いて移動し、退院までを過ごす病室に移りました。
病室には、冷蔵庫や洗面台やトイレもついていて、処置室よりも広く快適になっています。ベッドも電動のリクライニングなので、お腹が痛くても楽に体を起こすことができます。
移動してすぐ、看護師さんが息子を連れてきてくれて初めて抱っこしました。
育児指導(おむつ替え)
この日から、少しずつ育児指導が始まりました。
おむつの替え方を教わり、お腹を庇って前屈みになりながらも、なんとかおむつ替え。
この日は、まだ痛みが強いため赤ちゃんは基本的に看護師さん預かりでした。時々病室に連れてきてくれて少しの間一緒に過ごし、また連れていかれる、という感じでした。
預かってくれている間、何時にミルクをいくら飲み、おむつをいつ替えておしっこかうんちだったか、ということを全てノートに記してくれていました。
この日も授乳はおあずけでした。
食事開始
この日は、朝から食事の許可が出ました。朝は重湯、昼は十倍粥、夜は五倍粥、とだんだん固形になっていきました。
朝食の時からお水も許可が出たので、生き返った心地でした。
やはり食べることができるようになると、体が回復していくのを感じました。
この日は、自分でトイレに行けるようになったことと、食事をとれるようになったことが嬉しかったです。
歩くのはすごく辛かったですが、やはり寝たきりで管に繋がれているよりも、精神的にも元気になれた気がします。
出産2日目
この日から、お粥ではなく通常の食事になりました。年末年始ということもあって、朝昼は普通ですが、夜は豪華なおせち料理でした。
傷の痛みはだいぶ良くなり、起き上がる時などは相変わらず痛いですが、じっとしている時は痛みを感じない位になりました。
育児指導(授乳)
朝食後に、看護師さんが息子を連れてきてくれて、授乳指導をしてくれました。
私が不慣れなせいか、うまく吸えない息子を見て「ごめんねぇ」と言っていたら、ベテラン看護師さんが「赤ちゃんも吸うのが下手なだけだから、謝らなくて良い!お母さんも赤ちゃんもだんだん上手くなるから!」と言ってくれて、とても励まされました。
なんとか奮闘し、片方5分ずつ、計10分間の授乳を終えました。まだ産まれたばかりで体力がなく、長時間吸えないため、時間を計って短時間で終わりました。
お腹の上に授乳クッションを置いての授乳でしたが、時間がたつと圧迫されて傷が痛んでくるので、私も10分くらいでちょうど良かったです。
母子同室
この日は朝、昼、夕と授乳して、夕方の授乳のあと看護師さんから「今夜から一緒に寝てみる?」と提案されました。
まだお腹も痛む中不安もありましたが、宿泊している夫の協力もあるし、息子と一緒に過ごしたかったため、夕方の授乳の後は息子を預けずに、母子同室をスタートさせることにしました。
そしてその晩、夫と2人で地獄のような夜泣きと頻回授乳を経験しました。
母乳を吸うのは、体力のない赤ちゃんにとっては大仕事だそうで、とにかく1回で飲める量が少ないんです。
授乳の途中で疲れて寝てしまい、満腹じゃないので数十分でまた起きて泣く、の繰り返し。
哺乳瓶の方が飲みやすいので、ミルクをあげたら少し寝てくれますが、それでも小一時間くらい。
起きたらおむつを替えて授乳をして、を朝まで繰り返しました。
途中からは、夫と交代で寝るようにして、なんとかその晩を乗り越えました。
初めての母子同室で、子育ての大変さを思い知らされました。
ただ、夫が宿泊できたおかげでこの日を2人で乗り越えることができて、夫婦ともにとても良い経験となりました。
夜泣きする息子を抱きながら、「これから毎日こんな感じなん?」と、夫婦でゲッソリ顔を見合わせたのもいい思い出です。
授乳については、大変だったけれど必死に母乳を飲む息子が可愛くて、産後ようやく授乳できたのが凄く嬉しかったことを覚えています。
子育てとは大変な反面、嬉しいことや夫婦で協力する楽しさもあることを知ることができた、濃ゆい1日でした。
出産3日目
この日の朝は、いつもより大分早く看護師さんが来て「お疲れやったねー♪」と言いながら息子を預かってくれました。
ありがたく、その後しばらく夫とともに爆睡し、検温と血圧測定の時間になり看護師さんに起こされました。そこで体温がなんと38.6℃。乳腺炎でした。
乳腺炎になる
はじめは疲れかな、とも思いましたが、みるみる胸が固く痛くなっていきました。
硬式野球ボールのようにガチガチに固くなり、張りすぎておっぱいが四角くなりました。熱をもって赤くなっていたので、まるでエアーズロックのようでした。
恐らく、産まれてから授乳を始めるまで2日近くかかってしまったので、母乳が乳腺に詰まってしまったのだと思います。
歩くときの振動だけで痛むので、看護師さんがおっぱいをマッサージしてくれることになりました。
吹き出てくる母乳を拭うタオルが、ビショビショになるほど絞ってくれて、なんとか岩のような固さと熱を持った痛みはほぼ治まりました。
マッサージの間、ついでに夜泣きについて相談すると、赤ちゃんは哺乳瓶の方が楽にたくさん飲めるので、搾乳機で母乳を絞って、哺乳瓶で飲ませてみようか、とアドバイスをいただきました。
そしてその日の晩から、貸出用の搾乳器をお借りできることになりました。
シャワー許可
嬉しいことに、この日は産後初めてシャワーを浴びられることになりました。傷の上に大きなガーゼとテープを貼ってあるので、それを濡らさないように慎重に洗いました。
冬だったので、あまり汗はかかないですが、やはり気持ち悪かったのでさっぱりして嬉しかったです。
搾乳器の導入
夜は、乳腺炎でまだ少し痛む胸に、保冷剤をあてながら授乳しました。
看護師さんのアドバイス通り、何回かに1回、お借りした搾乳器で絞った母乳を哺乳瓶で飲ませてあげると、前日よりも寝てくれる間隔が長くなりました。
長くて2~3時間程度でしたが、それでも永遠に寝ないんじゃないかと思った前日よりも、随分楽になりました。
これは必需品やな、ということでその日のうちに夫がネットで搾乳機を購入。
実際に購入したのがこちらのタイプの搾乳機です。
私が使っていたのは、これの前のバージョンの搾乳器でした。
早く終わらせたくて、いつも1番吸引力の強いモードに設定して搾乳していました。吸引力は十分強く、ボーッとしている間にどんどん搾乳してくれるので、とても楽チンで本当に重宝しました。
この日は、乳腺炎の辛さと、文明の利器のありがたさを同時に味わいました
搾乳は毎回するのではなく、頻回授乳をしながら、数時間に1回搾乳器を使い哺乳瓶で飲ませる、という風にしていました。
理由は2つあって、1つ目はそもそも時間を開けないと、母乳が空っぽになって絞れなくなる、ということです。
搾乳器だとおっぱいがほぼ空になるまで絞れますが、授乳だと飲み切れず残すので、母乳が貯まります。何回か授乳して母乳を貯めて、搾乳する、という風にしていました。
2つ目の理由は、乳頭混乱を起こさないようにするためです。
赤ちゃんは賢いので、哺乳瓶の方が楽だと気付くと、おっぱいを吸ってくれなくなります。と、看護師さんに言われました。
哺乳瓶に慣れておっぱいを吸わなくなることを乳頭混乱といい、これを防ぐために、授乳メイン、時々哺乳瓶、というやり方をしていました。
今思えば、母乳育児を軌道にのせるまでの苦労は、この時から既に始まっていたなぁ、と思います。
まとめ
以上、帝王切開後の入院生活の前編でした!
長くなるので、残りの3日間は後編で書こうと思います。と言っても、最終日は退院する日なので実質あと2日です。
前編の4日間は、痛みや慣れない育児でいっぱいいっぱいでしたが、後編は体の回復と育児慣れに伴い、少し余裕な感じになっています。
よろしければ後編も、ちらっと覗いていって下さい!
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